日々の疲れを、どうにかして癒したいと感じることはありませんか。
マッサージやアロマ、好きな音楽など、癒しの方法は人それぞれですが、私にとってのそれは、少し変わった行動かもしれません。
「夕方の海を見に行くこと」なのです。
海は「いつ」見るかによって、驚くほど表情を変えます。
今回は、ストレス解消法として海を見に行くようになった私が、なぜ夕方の海にこれほど惹かれるのか、その理由をお話ししたいと思います。
昼の海と夕方の海、違う表情
昼間の海は、太陽の光を受けてキラキラと輝き、青々として本当に綺麗です。
ただ、私にとってその輝きは、時に少し強い刺激として感じられることがあります。
眩しさや賑わいに、心がついていかない瞬間があるのです。
その分、陽が沈みかけた頃の海は、光も色も淡くやさしくなります。
強く主張しない、静かなその佇まいに、私はいつも安心してしまいます。
季節が変わるごとに海の表情も少しずつ変化していくので、一つの季節に一度くらいのペースで、気づけば「海を見に行きたいな」と感じるようになっていました。
部屋から出られなかった時期にも、海へ向かっていた
以前、部屋から出ることそのものが辛い時期がありました。
それでもその頃、時々「海を見に行きたい」という気持ちが湧いてきて、実際に海へ足を運んだことがあります。
何かをしようとする気力がなかったはずなのに、海にだけは向かえた。
今振り返ると、それは自分でも不思議な感覚でした。
海は広くても、悩みは小さくならない
「海を見ていると、自分の悩みがちっぽけに感じる」という言葉を耳にすることがあります。
けれど正直に言うと、私はその感覚にあまり共感できません。
海がどれだけ広くても、私の悩みの大きさが変わるわけではないからです。
悩みが消えてなくなることも、きっとありません。
それでも、穏やかにそよぐ波をじっと見ていると、心がすっと浄化されていくような感覚があります。
悩みの大きさは変わらなくても、それを抱えたままの自分が、少しだけ楽になる。そんな時間です。
ただそこにある海に、救われる
海は、何かを解決してくれるわけではありません。ただ、そこに広がっているだけです。
でも、その「ただ、そこにある」姿を見ていると、自分もまた、ただここにいるだけでいいのではないかと思えてきます。
何かを頑張ったり、成果を出したりしなくても、存在しているだけで良いのだと。
海を見ているそのわずかな時間だけでも、心が確かに安らいでいくのを感じます。
私はいつも、その海を写真に撮って持ち帰ります。
後から見返すと、画面いっぱいに穏やかな海が広がっていて、何度見ても純粋に「うつくしいな」と思うのです。
夕方の海を見に行くこと、私にとってのお守りのような儀式
こうして振り返ってみると、「夕方のやさしい海を見に行く」という行動は、私にとって一種のお守りのようなものなのだと気づきます。
何かが劇的に解決するわけではないけれど、そこへ向かい、静かな波を眺めるという時間そのものが、散らばっていた自分を、もう一度自分自身へと帰してくれる。そんな儀式のように感じています。
もし日々の疲れを、人工的な刺激ではなく柔らかな力で癒したいと感じているなら、夕方の海辺に足を運んでみてください。
そこには、あなたをそっと迎えてくれる、やさしい景色が広がっているはずです。

